| 第38回 03/12/12号 |
オンラインゲームの目的がコミュニケーションなら、 それはただの宣伝販促ツールでは? |
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さて、ここ数回にわたってオンラインゲームについて書いてきた訳だが、そんな折、またも某大手メーカー勤務の某氏からメールがやって来やがった。 ――あのね、俺、今年は「ラチェット&クランク2」と「ジャック×ダクスター2」の為に、例年の数倍の仕事量=月500時間労働をついこの間まで半年近くも続けちゃって、今、心身ともにボロボロな状態なの! 喫煙室に籠もりっきりで寝泊まりして、生命の危険すら感じた程だぜ?(←またかよ) そんな俺――先週マスターアップして、心身ともに解放感に浸ってる俺に向かって、更に仕事を増やせってか!? 大体、オンラインゲームじゃ、俺が今感じてる「マスターアップ直後の解放感」が味わえないじゃないか! むしろ、地獄は発売後にこそ存在するってのが通説だ。いつ終わるやも知れないサーバー運営やら、お得意サマへのご奉仕としての売り上げに直結しない開発作業やら何やらまで必要なんだろ。そんな先の見えないややこしいビジネスプランなんて、身分が保証されてる大手の社員でもなきゃ立てられねーよ。 つうか―― とはいえ、そういった難関があればある程、解決方法を妄想たくなるのが、制作者の悲しい性。本当にオンラインゲームでは「マスターアップの美酒」は味わえないんだろうか? ――ここでは、ゲームデザイン的なアプローチから、解決方法を探ってみよう。 まず現状での最大の問題点は、「開発」と「運営」とを明確に線引き出来ない事だろう。言い換えれば、運営の最中にも、開発資源を費やさなければならない、という事だ。 古典的ゲーム制作技法(これについてはいつか書く事もあるだろう)に則ってゲームをデザインする場合、ユーザーにアピールする「直感的に快感を想起させる目的」が必要だし、それを獲得する為の「チャレンジ」の設定もまた必須だ。これらこそが、ゲームの商品性の本質だとされている。 そしてこれらの、ユーザーがゲームから獲得しうる資源(獲得資源)――快感、得点、お話、ミッション、アイテム、etc――のヴァリエーションをゲーム世界内に予め用意しておく事こそがゲーム開発であり、開発資源は専らそこに投入されるべきなのだ。 だがもし、プレイの目的が、そうした古典的ゲームの範疇に入らない「コミュニケーション」なんていうものだとしたら「ゲーム」自体は、ユーザーを誘う為の宣伝販促ツールに成り下がってしまうだろう。開発と運営とを線引き出来ないのも当然だ。だって宣伝なんだから。 理想的には、運営中には開発資源を全く必要とせず、プログラムが自動的に(あるいはコミュニティが自律的に)、獲得資源を生成するのが望ましい。あるいは、ごく低コストのスクリプト等で獲得資源を制作するのもアリだ。 だが実は、もっとスマートに開発と運営とを区分けするアイデアも存在する訳で… | |
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ゲーム制作が過酷な仕事だというのは、よく知られた事実だが、
俺らが命を磨り減らす作業に耐えられるのも、
偏に「マスターアップ」というゴールがあるからだし、
その先に「売れれば儲かる!」という夢があるからだ。
ところが、コミュニケーションを核としたネットワークゲーム
と云いながら、その実体はネットワーク「サービス」の開発は、
マスターアップ後にも終わる事はなく、むしろ発売後こそが本番。
何故なら、サービスとは運営こそが本質だからだ。
コミュニティを維持し、サービスに対して課金をする為には、
既存参加者を飽きさせてはならないし、しかも、
更なる新規参加者も募らねばならない。
(実はココに、ゲームデザイン的な落とし穴があったりもする)
その為には、イベントを開発し、継続的に供給し続ける必要がある。
まあ一口に云えば、「シジフォスの神話」だ。
(永遠に岩を坂道の上まで持ち上げ続けるってヤツね)。
作り手側としては、苦労のみ多く、実入りが少ない。
少なくとも、ゲームをきらきら輝かせる力となってきた
「マスターアップ前の魔法」なんかは存在し得ない――。
これって、どうなんだろうね? 少なくとも俺はやりたかない。
そういったタイプのモノは、ね。
じゃあ、どういったタイプなら良いのか?
それは次回の講釈にて…。