Open Car Army
オープンカー軍団のWEBサイト


オープンカー軍団/報告書/(2003/03)


自作「まめカム」
自作まめカム:愛称「不機嫌なコアラ」

ご褒美 03/03/01
自分へのご褒美として、サイバーショットU20を買っちゃったぜ♪ 色はもちろんオレンジ。これイイね。

ハートに火をつけて 03/03/03
最近、工作意欲に火がついてるのです。

ワタシは理系のヒトなので、弱電、強電、機械はひと通りカジってます。そして「機能快」の原則によって、それらが順繰りに欲望として浮上してくるのも、まったく致し方ないコトだと云えましょう。最近は弱電欲が強めに出ているようで、秋月で監視カメラユニットや加速度センサチップを買ったり、ハンディオシロやデジタルマルチメータの2台目を買ったり、サンハヤトの感光基板関係のブツを買い揃えたり、ノリタケ伊勢電子のVFD(真空蛍光表示器)が気になったりと、もうかなりヤバい状況です。――いえ、余暇時間があるなら、それは人生を充実させる為に歓迎すべきコトなんですが、問題は余暇時間がほとんど無いコト。これはもう、単なる逃避でしかないワケで、まことにもって憂慮すべき事態だと云えましょう。
今はとりあえず、簡単に出来るブツ――例えば車載ビデオ撮影用のまめカムもどきなんぞを作って欲望にエサを与え、なんとか折り合いを付けているトコロです。ああ、仕事と関係の無い創作欲ほど厄介なモノはありませんなあ。

ぐりこ・や
1粒300メートル

濫觴 03/03/27
会社の若い衆と話していたら、梶原一騎を知らなかった。

マジか? 俺をからかっているんじゃないのか?
少なくとも、漫画文化の嫡子とも云える「ゲーム業界」で禄を食んでいながら、梶原一騎を知らないとはどういうことか? 梶原一騎なかりせば、鉄拳はおろか、ストリートファイター2ですら、あったかどうか疑わしい。K−1もPRIDEも存在していなかっただろうに。

そして先日、とある飲み会でアニメージュの編集長と話したトキのコト。論争、というほどでもないけれど、ちょっとした口バトルになった。俺の主張「梶原一騎は手塚治虫と同程度のエポックメイカーであった」を、彼が認めないという構図だ。そりゃそうだ。彼は「手塚治虫原理主義」で、自分は「梶原一騎原理主義」。相容れるワケがない。
いや、そりゃ俺だって漫画読み。手塚の功績はよく知っている(そういえば青山での葬儀にも参列したっけ。あれがもう14年前なのか)。ただ、第二世代にしてエポックを為すというのは、それはそれは大変なコトだと思うのですよ。そのカロリーは手塚に比肩しうるモノではないのか。

歴史の教科書は世代を下るほど厚くなる。
第二世代が翼をもって飛び立つためには、先人の呪縛から解き放たれ、むしろ踏み台にして蹴り飛ぶのが正しい姿ではないのか。
そしてそれは、無視とか無知とかとも対極に位置するのではないのか。

シトロエン C3プルリエール
2003 Cabriolet of the year
――なら屋根開けた写真を配れよシトロエン!

2003年カブリオレ・オブ・ザ・イヤー 03/03/28
今年の「カブリオレ・オブ・ザ・イヤー」は、シトロエン・C3プルリエールが受賞したそうですな。個人的には、VW・ニュービートル・カブリオレに受賞してほしかったんだけどね。代わりにオープンカー軍団特別賞をあげるので、これで勘弁してくれ>VW

C3プルリエールは、通常の3ドアから→カブリオレ→スパイダー→スパイダーピックアップへと形態を変えられるんだそうな。すごいね。でも、面倒臭くて開けない人が多そうなのが、たぶん難点。俺も、RX−7カブリヲレを「タルガトップ形態」で乗ったのって1回だけだし(ちょと違うが)。それさえ無ければ、可愛くて小粋で文句無しのクルマなんだけどね。もっともそれは、C3プルリエールの責任じゃない。もちろん、乗る(であろう)人間の問題。それは即ち、企画の問題。ターゲットユーザーのアホな振る舞いにも責任を持たなきゃならないんだから、企画って難しい(キモに命じねば)。

ちなみに、歴代の受賞車はこんな感じ。

  1994 プジョー・306カブリオレ
  1995 フィアット・バルケッタ
  1996 BMW・Z3
  1997 メルセデスベンツ・SLK
  1998 シボレー・カマロ・コンバーチブル
  1999 ホンダ・S2000
  2000 オペル・スピードスター
  2001 プジョー・206CC
  2002 MG・TF

(今回オチ無し。ニュースサイトみたい!?)


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